ドイツのコインには、PRUSSIAと書かれているものがあります。
PRUSSIAってなんでしょう?ドイツじゃないの?と思うかもしれません。
PRUSSIA、プルシアというのは、18世紀から20世紀初頭にかけてユーラシア大陸西部で栄えた王国です。
その地方に住んでいた、先住民族であったプルーセン人からきています。
プルーセン人は、大半はドイツ騎士団に滅ぼされてしまい、その文化や民族意識は消滅してしまいましたが、その滅ぼしたドイツ騎士団が作った国がドイツ語でPreußen(プロイセン)と呼ばれました。
Preußen(プロイセン)は、英語でPRUSSIA(プルシア)と言います。
つまり、PRUSSIAは、先住民族のプルーセン人からきている、プロイセン王国の、英語名です。
時代としては、初代皇帝フリードリヒⅠ世が戴冠した1701年から、1918年です。
プルシア(英語)、プロシア(英語)、プロイセン(ドイツ語)、などと言われています。
プロイセン王国の変遷
- 1701年プロイセン王国の成立
フリードリヒ1世(初代皇帝) - 1806年フランスによる占領
- 1815年国土回復
- 1848年立憲君主制導入
- 1871年ドイツ帝国成立
ヴィルヘルム1世(プロイセン皇帝)がドイツ帝国皇帝となるプロイセン国王を君主とするドイツ国を、ドイツ帝国、と言っています。1871年から1918年までです。
- 1888年ウィルヘルム2世(最後の皇帝、カイザーと呼ばれる)
- 1918年第一次世界大戦に敗北。
皇帝ウィルヘルム2世はオランダに亡命。王制の廃止、プロイセン王国の滅亡
ドイツ帝国はヴァイマル共和政へ移行
位置的には、今のドイツ西部とポーランドのあたりで、現在のドイツと一致しているわけではありません。首都はベルリンでした。